森を歩く・4

まるで一度生まれ変わったかのように凝縮された時間を過ごした森の合宿を終え、札幌に帰ってきました。
いつも歩き慣れているはずの札幌駅。
でもいつもと何か感じが違う。
それは私だけの感覚ではなく、一緒に歩いていたもうひとりの参加者の方も同じように感じていたのです。
なんだか違う世界にいるみたい、とふたりで話しながら、地下歩行空間を歩きました。

目に留まったのは通路の壁にいっぱい貼られたマザーテレサの写真。
セイント&エンジェルオラクルカードにもマザーテレサのカードがあります。

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『活動家』というカードです。
記事にするにあたりこのカードの写真を撮ろうとして箱を開けたら、こうなることがわかっていたようにマザーテレサは一番上にいらっしゃいました(笑)。
このセイント&エンジェルオラクルカードを使い始めてからずっと、私自身のことについて質問した時にはかなり頻繁に現れるカードです。

ガイドブックの通りに読むなら「あなたの専門知識や人生経験をあなたが選択した目的のために活かして下さい。積極的に活動するとエネルギーがあふれてくるでしょう」の部分が、森の合宿の中で何度もテーマとして挙がっていた「アウトプットの重要性」そのものの意味でしょう。
そしてこのカードは今「奉仕とは内なる喜びを体現するものであって、己の犠牲を伴うものではありません。あなたの聖なる目的が魂の喜びと重なった時、あなたの行いは世界を潤します。あなたという尊い存在の価値を真の意味で知ったなら、自分を大切にするということが世界にとっていかに重要かわかるはずですよ」と私に語ってくれます。
労わるように、優しく。
そう、世界はこれまでもずっと私に優しかったのです。
そして、これからも。

翌日、合宿に参加できたお礼と報告に北海道神宮を訪れました。
特に報告することがなくても神様やカシワの樹に会いたくてかなり頻繁に通ってはいますが、今回は少し改まった気持ちでの参拝。

円山公園を歩いていると樹々が「お帰り」と声をかけてくれます。
「ただいま!」と返していると、「整ったねー!」「良かったね!」という声が混じりました。
何が整ったんだろう、と思っていたら、「蒼が蒼の中に戻った」と。
確かにこの場は聖域ではあるけれど、本来の自然とは違う。
下川町の森の自然と繋がることで、私本来の自然な状態にチューニングされたのだそう。
森に入った時のあの眠さは、ヒーリングではなくチューニングがなされていたためのようです。

ご神木のカシワの樹も「大きくなって帰ってきたね!」と抱きしめてくれているかのような温かいエネルギーを送ってくれました。
「ありがとう」と受け取りながら、ふと、私は今まで送られたものを充分に受け取れていただろうかという考えがよぎりました。
八分目、時には一割に満たない時点で、私はこれだけ受け取れれば充分なのだと遠慮して、本来受け取れるものを受け取らずにいたのではないか。
それが世界への還元・循環につながると思い違いをして。
違う。
私が受け取らなかった分は、ただ流出しただけ。
私が受け取り、私が意図して循環させてこそ、私に与えられたものは活かされる。
「そう、だから蒼はもう大丈夫」
保護柵がなければ、私はカシワの樹に抱きついていたでしょう。
本当に心が震えるくらいの深いところから、ありがとうという言葉が湧き上がってきました。

合宿中に「タントラ」という言葉を耳にしたせいか、この日は今までになかった視点で世界を見ていたようです。
手水舎の横の杉の樹がこんな形状だったことを初めて意識しました。

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顔を上げれば二本の樹に見えるのに、根元は一本なのです。

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参道側から見るとこんな感じ。
こちら側の根元はふくらみがあって、逆側はくぼみがあって。
男性と女性、陰と陽が表現されているかのようです。
そして、途中から分かれた二本の幹はほぼ同じ太さで、対等な関係。
今までそんな視点でこの樹を見たことはありませんでした。

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札幌もすでに紅葉が進んでいます。
赤いモミジ。
森の中で見た時には痛みを伴う傷から流れ出た血のようなイメージでしたが、このモミジは違います。
「決意と強い志の色だよ」
奥に立つ島さんが教えてくれました。
開拓判官島義勇さんは、明治天皇の命を受けて北海道神宮の神々様の御魂代を背負い、この地へいらっしゃいました。
札幌を開拓する礎を創った方なのです。
現在私が神宮の神様に会いに来れるのも島さんが頑張って下さったおかげ。
「蒼が今見ている葉は樹にしっかりと息づいている。落葉したということは手放したということだろう」
目から鱗です。
島さんのおかげで、私が森で見た赤いモミジの意味が上書きされました。

本殿で神様たちにも感謝を伝え、報告しました。
「何だか私の中の何かが呼び覚まされた感じです」
「呼び覚ましなどという表現ではあるまい。『覚醒』じゃ」
その言葉で鳥肌が立ちました。
カシワの樹の前での気づきが一段階深まって、すとんと心に収まったのです。
セッションで神様たちの力を借りる時も、私、遠慮してました。
足りない分は自分のエネルギーで補填して、いた、かも。
もともと私を選んでセッションを受けて下さる方々は、神様や龍神様やマリア様たちが助けたいと思っている方々なのです。
一人の例外もなく。
いつも「力を貸して下さい」とお願いしていたけれど、クライアントさんを癒したい、助けたいという立場は対等。
だから違う表現が必要だったのです。

「自分が何者かを知ることじゃ」
今まであちこちの神社で神様に言われてきた言葉が初めて理解できました。

あまりに大きな気づきにくらくらしながら、円山公園に戻ってきました。
舗装された道を歩いていると、「土の上を歩いてごらん」と言われた気がしました。
道を外れて、足の向くままいつもは通らない場所に差し掛かり、紅葉が綺麗だなあとぼんやり思っていたら、この朽ちた樹が目に飛び込んできました。

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これだけ大きな気づきを得た後で、なにゆえ再び傷や痛みを想起させるシンボルが目に留まるのかと、不思議な気持ちで近づきました。
見ないことにすることは簡単です。
けれど、世界が見せてくれる真実を私は受け容れると決めたのです。

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痛々しく裂け、朽ちかけた樹の残骸。
その上にちょこんと置かれたものに目を瞠りました。

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誰かがそっと置いていったらしい、小さなフクロウが二羽。

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どんぐりにペイントしたもののようです。
きっとこのどんぐりも円山公園に落ちていたもの。
置いていった方はどんな気持ちでこれをここに配置したのでしょうか。
推測するに、きっと少しのいたずら心と、この傷ついた樹への敬意、そして見た人が楽しく優しい気持ちになることへの願い。
持ち去られてもそれはそれで良し。
結果を期待しない、無条件の愛。

感動して泣きそうになりながら撮影していると、通りがかった親子が興味を惹かれて寄ってきました。
「わあ、可愛い!! ここに置いてあったんですか? 素敵な人がいるんですね!!」
興奮気味のお母さんと、落ち着いてじっとどんぐりのフクロウを眺める小さな女の子の姿が、合宿中に垣間見た私の未来と重なりました。
そうこうしているうちに、通りがかりの年配の女性も輪に加わり、可愛いわねえ〜と盛り上がってきました。

そっとその場を離れ、ああ、何だかすごいものを見てしまった気がすると思いながら、再び道から外れた落ち葉の上を歩きました。
その周辺はミズナラが多く、枯葉に混じってどんぐりがわんさかと落ちていました。
あの森のように。

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帽子が外れてしまったものも。

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帽子がついたままのものも。

そして、ここでまた気づくのです。
あの森で、一度は手にした完璧な形のどんぐりを、持ち帰らずに森に置いてきた意味に。

完璧って何だろう。
色良し艶良し形良し、これぞどんぐり!というようなどんぐりが、本当に完璧なのだろうか。
そんなどんぐりがあの痛々しい樹の上に置かれていたとして、あの親子は、あのご婦人は笑顔を見せてくれただろうか。
帽子が外れていたっていい。
可愛くペイントされたあのどんぐりのフクロウは、これまでの私の定義による完璧からは外れていたけれど、確実に人の心を和ませて笑顔を創造してくれた。
私を感動させてくれた。
私が本当に求めているのは、本当に価値を認められるのは、どちらのどんぐり?
答えはすでに出ていました。
私は森に「完璧だと信じていた」どんぐりを置いてきたのです。

私にそのことを気づかせるために、あの樹の残骸はどんぐりのフクロウと共に私を引き寄せたのでしょうか。
それだけではありません。
朽ちて自然に還ってゆくもの。これから芽生える可能性を秘めたもの。
生命の循環です。
森を歩いている時に見えていた私の世界は刷新され、世界を構成しているひとつひとつのシンボルの意味が上書きされていました。

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落ち葉に紛れて小さなどんぐりの芽が顔を出していました。

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それがどんぐりの芽だと意識した途端、見渡せばこんなにたくさんあることに気づきました。
世界ってそういうものなのかもしれません。
こちらが気づけば呼応してくれる。

…あれ?
私がどうしても森の合宿に持って行きたくて遠回りして寄ったパン屋さんの名前って、「どんぐり」…!!!

早速、ご報告です。
合宿後、最初の仕事依頼のお話をいただきました。
旭川でのお仕事です。
私が分岐点として11:11発のJRへの乗り換えを選択した、あの旭川です。
新しい始まりや独立を意味する1が、安定・安全を意味する4つ並ぶ「1111」。
旭川では素敵なご縁も広がる予感です!

『次の段階に進む時なのだ、辞めればすぐに次が始まり、辞めなければ何も動かない』
本当に次がすぐに始まり、動き出しました。
この森の合宿で私が得た経験や学びや気づきはお金に換算できるような性質のものではありません。
だからこそ、お金を出したからといって参加できるものでもないのかもしれません。
不思議な力が働いて、必要な人が必要なタイミングで引き寄せられる。
ハーモニーさんを中心として。

来年きっと開催される森の合宿でも数々の奇跡が起こるでしょう。
その奇跡を体験するのは、今このブログを読んで下さっているあなたかもしれません。
来年まで待ちきれない方はこちらからハーモニーさんのセミナー情報をご参照下さい。

私を「覚醒」に導いてくれた(!)ハーモニーさん、共に学びや気づきをシェアし合った参加者の皆さん、私をこの合宿に導き参加させて下さったすべての神聖な存在の皆様、名寄神社・下川神社の神々様、天と地の神様、森の精霊の皆さん、北海道神宮という場に含まれるすべての愛しき存在の皆さん、心からの感謝と愛を贈ります。
そしてこの長い記事を最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました!