私を救った私の言葉

昨年のこの時期は、私のインナーチャイルド・かずえちゃんとの誕生日お祝いエピソードから始まり、私自身のことについて少し詳しくご紹介する記事が続きました。

 

過去記事:インナーチャイルドの祝福
 

あれから一年。
インナーチャイルドのかずえちゃんと一緒に祝う誕生日は今日で4回目。

 

今年もまた私とかずえちゃん、それぞれが好きなお花とケーキを用意して、


「生まれてくれてありがとう」
「生きてくれてありがとう」


の想いを伝え合う日にします。

 

 

そして私には、今年の誕生月の満月のタイミングでやっておきたいことがありました。

 

18年前に書いた、一年間の引きこもり生活から社会復帰に至るきっかけともなった創作小説を公開すること。

 

公開自体は15年くらい前から断続的に、創作小説サイト → 植物写真サイト → 人形サイトのコンテンツのひとつとしてアップしていたことはありました。

 

ただ現在、時空力コンサルタントのひとりとして、神様と人との橋渡し役として、貴石箱の創り手として、記事を発信しているこのブログやHPで公開するからこそ、「私が私自身のために書いた」ものではあるけれど、ご覧くださる方の変化のきっかけになれる要素も含まれているかもしれないと思い至りました。

 

18年前の私は、一気にこれらの小説を書き終えた後、気持ちが前向きになり就職活動を始めてみようと思った数日後に、想像もしていない形で突然降って湧いた就職が決まり、社会復帰が叶ったのです。

 

当時の私の背景情報について、過去記事からの抜粋を掲載します。

 

 

*****ここから記事抜粋*****

 

私には20代半ば過ぎ頃に、約一年間実家に引きこもっていた時期があります。

 

ざっくり説明しますと、7年間お付き合いした9歳年上の彼と別れ、自分の存在に意義を見出せなくなっていたのです。
仕事を辞め、一人暮らししていた札幌のアパートを引き払って実家に戻り、外出はおろか部屋から出ることさえも苦痛な日々を過ごしていました。

 

時は1999年。
私はノストラダムスの予言が叶うことを願って、その予言が叶うことだけを願って、静かに生きていました。

 

予言の7月が過ぎ、8月が過ぎ、9月が過ぎても滅びる気配のない現実を直視せざるを得なくなり、途方に暮れ始めた10月。
どうしたらこの世界からいなくなることができるか、自分の存在を消すことができるか、そればかりを考えていたある日。

 

ベッドで体を起こし、ぼんやり天井を見ていた私は、誰かに頭を撫でられました。
私以外に誰もいない、私の部屋で。

 

温かくて優しい、慈しみのこもった、確かな手の感触。

その途端、涙が止まらなくなりました。

 

なぜかはわかりません。
悲しいのかうれしいのかもわかりません。
ただ、涙が流れ続けるのです。

 

ようやく涙が止まった時、空っぽだった私の中に、散り散りになっていた私のかけらが戻り始めていました。

 

私を撫でてくれた手が誰のものなのか。

 

神様の手だと思っていた時期が長い間ありました。
まだ出会っていない私の魂の片割れだったのだと思った時期もありました。

 

自分の外に探したから大きく回り道をしました。
でも、その回り道すら必然。
回り道をしたからこそ、確信をもって知ることになるのです。

 

これまでの人生史上、最高レベルで私の魂が救いを求めていた時期に差し伸べられた救いの手。

それは、神様の手を借りて過去へと干渉した、未来の私からの想いでした。

 


過去記事:時空を超える想い
 

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誰もいない部屋で見えない誰かに頭を撫でられ、涙を流すことで自分のかけらが戻ってきた私は、ふと「お話を書こう」と思いました。

 

文学作品のような立派なものではありません。
ライトノベルのような感覚で、ただ、以前見た夢を題材にして、お話を書こうと思ったのです。

 

それから一気に書き上げたお話は3本。
今や枚数の基準として適用されているのかわかりませんが、当時は400字詰原稿用紙が枚数の基準でした。

 

最初に書き上げた「光の森」が100枚。
その対になるものとして書き上げた「鏡に映る影」が100枚。
登場人物に愛着が湧いて書いた短編「アブラムシパニック」が30枚。

 

3本すべてがハッピーエンドのお話になりました。

 

これを書ききって迎えた11月。


気持ちが前向きになり、就職活動を始めてみようかと履歴書写真を撮影した数日後。

突然私の状況は変化しました。

 

ある日の午前中に、勤務先の父から電話がかかってきました。
父が勤めている会社の敷地に、東京に本社がある一部上場企業の子会社が新規設立されることになり、事務を募集するから履歴書を書いてみないか、と。

 

数日前に撮影したばかりの写真が手元にあったため、履歴書はすぐに用意できました。


その日の昼休みにわざわざ帰宅した父に履歴書を渡し、一時間経たずして。

 

父が勤める会社の社長から私あてに電話が入りました。
新規設立される会社の社長がこれから来るから、15時に面接できないか、と。

 

「きっとパートの募集だろうから落とされても構わない、これからの面接の練習にちょうどいいかも」くらいの気持ちで受けた面接の結果。

 

さっくりと採用されることが決まりました。
しかもパートかと思いきや、募集していたのは正社員。

 

その後、私が出雲で人生の分岐点を迎え、試行錯誤を繰り返しながらヒーリングプラクティショナーとして札幌に拠点を持つに至るまで、この会社には13年間在職しました。

 

創作小説を書き上げたことで自分の中の滞りが流れ出し、就職活動を始めようと思った数日後には、想像もつかないような展開であっさりと就職先が決まったのです。


しかもたった一日のうちに。

 

この時書き上げた創作小説にはきっと、時空力メソッドでいうところの過去への手紙と同じ効果と影響力があったのでしょう。

 

自分自身で組み上げられる可能性を遥かに上回る、まさに想像を超えた未来が、実際に目の前に展開したのです。

 


「あなたはなにも悪くない。
 今は人生に希望のかけらすら感じられなくても、
 必ず未来に光があることを
 17年後の私は知っています。

 

 あなたが生まれる前から決めてきた
 魂の目的を成し遂げるために、
 どうか、生きるために生まれたことを、
 祝福されてこの世界に送り出されたことを
 思い出して」

 
私を撫でてくれた手は、当時、頑なに閉ざしていた私の心に光を注いでくれました。
 

「自分にはもう何も信じられるものがない、
 あなたはそう思っているかもしれないけれど、
 あなたの中で輝きを放っている宝物があることを
 私は知っています。

 

 たとえば、美しいものに心惹かれる感性。
 たとえば、人の心を穏やかに開くあなたの声。
 たとえば、文章を綴る才能。

 

 大丈夫。
 あなたの中には誰にも脅かされることのない、
 あなただけの素晴らしい資質があるのだから」
 

私を撫でてくれた手は、当時私が忘れていた、私の中のリソースに光を当ててくれました。
 
だから、私はそれを活かすことを思いついたのでしょう。
創作小説を書く、という形で。

私を撫でてくれたその手に癒され、励まされ、私は今、ここに生きています。

 


過去記事:「和恵」が「蒼」になった理由
 

*****抜粋ここまで*****

 


時空力メソッドでいうところの過去への手紙の超抽象版として作用したらしい、私が私自身を癒すため救うために書いた小説を、一部加筆修正を加えてこれから順番に公開いたします。

 

執筆当時はまだ携帯電話が一般に普及していない時代でした。
パソコンもWindows95で、突然のブルースクリーンに何度も書き直しを余儀なくされたものです。

 

誰かに読んでもらうためではなく、私が私のために書いた作品。


だから、不備な点はいくつもあると思います。
矛盾点もあるかもしれませんし、間違った知識や思い込みで書かれた部分もあるかもしれません。

 

それでももし、読んでみたいと思ってくださる方がいらっしゃれば、こちらのリンクからお越しください。
ようこそ、蒼の世界へ!