「和恵」が「蒼」になった理由

先日の記事「時空を超える想い」でもお伝えしたように、私にはこの世界からいなくなりたいと強く強く切望していた時期がありました。
何ひとつする気力もなく、自分の部屋から出ることさえ苦痛で。

そんなある日、夢うつつの状態でぼんやりしていた私の頭を、誰かが優しく撫でてくれたのです。
部屋には私しかいません。
他に、誰も、いないのに。

そして、どうしてなのかわかりませんが、涙が止まらなくなりました。

 

というところまではお伝えしていましたね。

 

そこからまだ続きがあるのです。

ようやく涙がおさまった頃、それもまたどうしてなのかわかりませんが、「お話を書こう」と思ったのです。

 

 

 

少し、私の文章歴についてお伝えしておこうと思います。

 

私は小学生の頃から文章を書くことや自分の世界観を表現することが好きでした。

小学生の時に初めて書いたお話は、タイトルはなく、内容は「滅びた地球が違う宇宙で再生する」というもの。

 

小学生の私が初めて書くお話が、なにゆえこんなにも壮大なテーマだったのか、今となってはわかりません。

 

もしかしたら私の魂はそれを体験したことがあったのかもしれません。

今生きているこの世界とは別の、パラレルの未来で。

 

もしくは、古い文明の「滅び」に立ち会った、魂に刻まれた記憶の表出なのかもしれません。

 

ただ、このお話は、ありふれた日常が一瞬で消え去り、違う宇宙で再生した地球が「前回と同じ進化をたどり、滅びに向かう分岐点まで再生した」ところで終わるのです。

そこから先の未来には触れず。

 

そのお話を書いていた小学生の私には「元通りになって良かったね」とハッピーエンドのつもりだったのですが、今の私からすると「そのまま進めば同じ道をたどることになる。存亡の分岐点で何を選び何を変えたら未来を変えられる?」と課題を残したまま終わっているのでした。

 

本当に、なにゆえ人生初の創作小説がこのテーマなのか、今振り返ってみて驚きます。

 

その後も、中学、高校時代にもお話を書き続けていましたが、完結したものはなく、すべて書きかけのまま終わっていました。

しかもプロット上、ハッピーエンドとなるものは一本もなく、デッドエンド予定のものがほとんどだったように思います。

 

本当の自分自身を抑えて、自分の考える理想の自分であろうとし続けていると、いろいろな形でひずみが蓄積していきます。

肉体的、精神的を問わず、それはいつか表に現れます。

 

私は文章を書くということでそのひずみを自分の内的世界から外の世界に解放し、自分のバランスをとっていたのかもしれません。

 

前述の記事の中で登場した7年お付き合いをした元彼との交際が始まってからは、創作のお話を書くことをしなくなりました。

今となっては、その7年という期間、解放されずに蓄積され続けていたひずみが、その後1年間の無気力引きこもり生活につながったのかもしれないと思います。

 

 

 

さて、話は冒頭の続きに戻ります。

 

誰もいない部屋で見えない誰かに頭を撫でられ、涙を流すことで自分のかけらが戻ってきた私は、ふと「お話を書こう」と思いました。

 

文学作品のような立派なものではありません。

ライトノベルのような感覚で、ただ、以前見た夢を題材にして、お話を書こうと思ったのです。

 

 

それから一気に書き上げたお話は3本。

今や枚数の基準として適用されているのかわかりませんが、当時は400字詰原稿用紙が枚数の基準でした。

 

最初に書き上げた「光の森」が100枚。

その対になるものとして書き上げた「鏡に映る影」が100枚。

登場人物に愛着が湧いて書いた短編「アブラムシパニック」が30枚。

 

3本すべてがハッピーエンドのお話になりました。

 

 

これを書ききって迎えた11月。

気持ちが前向きになり、就職活動を始めてみようかと履歴書写真を撮影した数日後。

 

突然私の状況は変化しました。

 

ある日の午前中に、勤務先の父から電話がかかってきました。

父が勤めている会社の敷地に、東京に本社がある一部上場企業の子会社が新規設立されることになり、事務を募集するから履歴書を書いてみないか、と。

 

数日前に撮影したばかりの写真が手元にあったため、履歴書はすぐに用意できました。

その日の昼休みにわざわざ帰宅した父に履歴書を渡し、一時間経たずして。

 

父が勤める会社の社長から私あてに電話が入りました。

新規設立される会社の社長がこれから来るから、15時に面接できないか、と。

 

「きっとパートの募集だろうから落とされても構わない、これからの面接の練習にちょうどいいかも」くらいの気持ちで受けた面接の結果。

 

さっくりと採用されることが決まりました。

しかもパートかと思いきや、募集していたのは正社員。

 

その後、私が出雲で人生の分岐点を迎え、試行錯誤を繰り返しながらヒーリングプラクティショナーとして札幌に拠点を持つに至るまで、この会社には13年間在職しました。

 

創作小説を書き上げたことで自分の中の滞りが流れ出し、就職活動を始めようと思った数日後には、想像もつかないような展開であっさりと就職先が決まったのです。

しかもたった一日のうちに。

 

 

この時書き上げた創作小説にはきっと、時空力メソッドでいうところの過去への手紙と同じ効果と影響力があったのでしょう。

自分自身で組み上げられる可能性を遥かに上回る、まさに想像を超えた未来が、実際に目の前に展開したのです。

 

 

「あなたはなにも悪くない。

 今は人生に希望のかけらすら感じられなくても、

 必ず未来に光があることを

 17年後の私は知っています。

 

 あなたが生まれる前から決めてきた

 魂の目的を成し遂げるために、

 どうか、生きるために生まれたことを、

 祝福されてこの世界に送り出されたことを

 思い出して」

 

 

私を撫でてくれた手は、当時、頑なに閉ざしていた私の心に光を注いでくれました。

 

 

「自分にはもう何も信じられるものがない、

 あなたはそう思っているかもしれないけれど、

 あなたの中で輝きを放っている宝物があることを

 私は知っています。

 

 たとえば、美しいものに心惹かれる感性。

 たとえば、人の心を穏やかに開くあなたの声。

 たとえば、文章を綴る才能。

 

 大丈夫。

 あなたの中には誰にも脅かされることのない、

 あなただけの素晴らしい資質があるのだから」

 

 

私を撫でてくれた手は、当時私が忘れていた、私の中のリソースに光を当ててくれました。

 

 

だから、私はそれを活かすことを思いついたのでしょう。

創作小説を書く、という形で。

 

私を撫でてくれたその手に癒され、励まされ、私は今、ここに生きています。

 

この創作小説を書いた時のペンネームが「蒼 七海」。
さまざまな想いと感謝を忘れないように、その時の一文字で「蒼(あおい)」を私のヒーラーネームとしたのです。

 

これまでの人生史上、最高レベルで私の魂が救いを求めていた時期に、差し伸べられた救いの手。
それが、神様の手を借りて過去へと干渉した、未来の私からの想いだったとわかった今、この時のペンネームをもとにヒーラーネームを「蒼」と決めたことの意味がますます深く重要性を感じられるようになりました。

 


私のヒーラーネーム「蒼」は、色の青でもお花の葵でも海の碧でもなく、蒼天の空。

そして、前回の記事「今世の枠を超えて」でお伝えした龍神様の色でもあります。

 

 

この名で活動していくうちに、次々とこの名を選んだことに意味があることがわかってきました。

 

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これは出展したイベントがご縁となってつながった方が描いてくださった、龍で描かれた「蒼」です。
「蒼」の文字が神社にしか見えなくなった、と丁寧な解説もつけて下さったのでこちらも一緒にアップします。

 

 

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神域である神社を象る一文字。

神様からの祝福と私の使命の重大さに改めて気づかせていただいたイラストでした。

 


また、別のイベントの時に隣のブースというご縁でつながれたのは数秘をなさる方でした。
名刺をお渡しすると「蒼という名は実に正しい!」と絶賛してくださいました。

「あ」は愛
「お」は絆
「い」は光
を意味しているのだそうです。
「”弥栄の人”に初めて会った〜!!」と喜んでいただけました。

 

 

創作小説を書いた当時には何の気なしにつけたペンネーム。

そのペンネームから一文字だけを抽出した現在の「蒼」というヒーラーネーム。

 

過去の何気ない選択のすべてに意味があったのだと、いろいろな角度から後付けで、詳細な解説がもたらされることになったのです。

 


もともと私の本名の苗字には「宮」という字が含まれます。
これは手話では「神社の屋根」を表現します。


そして本名の名前「和恵」については、私自身が高校生の頃に夢で受け取ったメッセージがあります。

和を恵む
豊かな恵み
尽きることなき無限の源

歌うように流れ込んできたこの言葉は、とても大切な言葉のような気がしてノートに書き留めてありました。
そのノートが今まだ私の元にあるという奇跡。
それを読み返す機会があったという奇跡。

 


この本名あってこその「蒼」という生き方を、私は今生で選んだのです。

私というかけがえのない存在を表す代名詞として。